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名古屋高等裁判所 昭和39年(ネ)755号 判決

主文

原判決主文第二項および第三項を次のとおり変更する。

控訴人中山錦二は原判決添付目録附属図面記載の(イ)および(ロ)の各建物を収去し、控訴人近藤すうは同第二目録記載の建物から、控訴人中山徳は同附属図面記載の(ロ)の建物から各退去し、控訴人中山錦二、同中山徳は同第一目録記載の土地上に存する植樹等一切の物件を撤去して、控訴人ら三名は右土地を明渡し、かつ、連帯して被控訴人に対し、昭和三六年一月一二日から右土地の明渡済に至るまで、一ケ月金三、八五四円の割合による金員を支払え。

被控訴人その余の請求を棄却する。

当事者参加人の控訴を棄却する。

訴訟費用中当事者参加に関する部分は当事者参加人らの負担とし、その余は控訴人らの負担とする。

この判決は、第二項のうち、金員の支払を命じた部分に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、原判決中控訴人らの敗訴部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は、本件各控訴を棄却する、控訴費用は控訴人らの負担とする、との判決を求めた。

控訴人らの本件控訴申立により当事者参加人らについても控訴申立の効力が生じている。

被控訴代理人は、その請求原因として、

(一)  原判決添付目録記載(以下同目録記載を引用する)の土地(以下本件土地という)は、被控訴人が昭和二三年八月二二日訴外水野録治郎からこれを買受けその所有権を取得し、昭和二五年三月二七日その所有権移転登記を受けたものであり、同目録記載の建物(以下本件建物という)被控訴人が昭和二二年二月二七日建築届出をなし、同年九月一六日建築を終え、昭和二五年二月二日その所有権保存登記をなしたもので、右土地、建物はともに、被控訴人の所有に属すものである。

(二)  ところで控訴人錦二は、もと被控訴人の夫であつたが、被控訴人がさきに提起した同控訴人に対する離婚請求事件(名古屋地方裁判所昭和三二年(タ)第四五号事件)において、昭和三六年一月一一日離婚判決が確定したものであり、控訴人すうは被控訴人の養母である。

(三)  右に述べたような身分関係があつたため、控訴人すうは被控訴人所有の本件建物に入居してこれを占有使用しており、控訴人錦二は、被控訴人所有の本件土地上に原判決添付目録附属図面に表示せられた(イ)および(ロ)の各建物を建築し、これを所有することにより本件土地を占有し、また控訴人錦二および同徳(錦二の先妻の子)は、右(ロ)の建物に入居しこれを占有使用することにより、本件土地を占有している。しかしながら右各占有は後記のとおり不法であつて、控訴人らは共謀して被控訴人の本件土地、建物の所有権を侵害している。

(四)  他方、被控訴人は控訴人錦二の虐待に堪えかねて、昭和二四年一〇月一八日家出し、前記のとおり同控訴人に対する離婚の確定判決を得たのであるが、被控訴人は未だ右家出後は、控訴人らに対して前記のような本件土地および建物の使用占有を許諾したことはなく、したがつてその賃料の支払を受けたこともない。それ故に被控訴人は、右家出後控訴人らのかかる不法占有により、本件土地および建物の賃料相当額に当る一ケ月金四、一五六円の割合による損害を蒙つている。

(五)  よつて、被控訴人は、本件土地および建物の所有権に基づき、控訴人錦二に対し原判決添付目録附属図面記載の(イ)、(ロ)の各建物を収去し、同すうに対し本件建物から退去し、同徳に対し原判決添付目録附属図面記載の(ロ)の建物から退去し、同錦二および同徳に対し本件土地上に存する植樹その他一切の物件を収去し、それぞれ本件土地を明渡すべきことを求め、控訴人全員に対し、被控訴人と控訴人錦二が別居した前記被控訴人の家出の日の翌日である昭和二四年一〇月一九日から本件土地の明渡済に至るまで前記本件土地および建物の賃料相当額である一ケ月金四、一五六円の割合による損害金の連帯支払を求める。

と述べた。

控訴代理人は請求原因に対する答弁および主張として、

(一)  請求原因事実中本件土地および建物が被控訴人の所有名義に登記せられていること、および被控訴人と控訴人らとの身分関係が被控訴人主張のとおりであることは認める、本件土地および建物の賃料相当額が被控訴人主張の如き数額であることは知らない。その余の事実は争う、殊に本件土地および建物は控訴人錦二の所有である。すなわち、

(1)  本件土地は、控訴人錦二が昭和二一年一一月頃訴外水野録治郎から一坪金八〇円の割合による代金でこれを買受け、その所有権を取得したものであるが、当時農地であつた関係から、直ちにその所有権移転登記を受けることができなかつた。ところが被控訴人はその家出後同控訴人の知らない間に、昭和二五年三月二七日被控訴人が右訴外人から買受けた旨の所有権移転登記を経由したため、登記簿上は被控訴人の所有名義と登載せられているに過ぎない。したがつて本件土地の真実の所有権者は控訴人錦二であつて被控訴人ではない。

(2)  本件建物は、被控訴人の主張によれば、昭和二二年二月二七日建築認可を受け、同年九月一六日建築を完成し、昭和二五年二月二日その保存登記を経由したというのであるが、そうだとすると、被控訴人が訴外水野録治郎から本件土地の所有権を取得したと主張する昭和二三年八月二二日以前に右訴外水野の所有地上に本件建物を建築したこととなり、被控訴人の主張は合理性を有しない。本件建物は控訴人錦二がその建築資金を支出して建築したもので、その所有権は同控訴人に存する。

(3)  しかるに被控訴人は、その家出後控訴人錦二の意思に反し本件建物についても昭和二五年二月二日被控訴人の所有名義に登記を経由したものである。

(二)  また、控訴人錦二は被控訴人と別居するに当り、昭和二四年一一月三〇日手切金として金一〇万円を被控訴人に交付し、被控訴人と一切の関係を絶つたのであるから、その上莫大な価格を有する本件土地および建物を被控訴人に贈与する道理がない。

(三)  仮に、本件土地および建物が被控訴人の所有に属するものとしても、本件土地および建物は、被控訴人の夫であつた控訴人錦二、その養母である控訴人すう、その子である当事者参加人中山律子、同要、同芳子が使用中であり、被控訴人は右錦二以外の者に対して扶養の義務さえも負つているものであるから、同人らの生活の根拠を奪い去つて、同人らを苦境に陥れるような被控訴人の本件土地および建物の明渡請求は、権利の濫用であつて許されない。

と述べた。

当事者参加人らの控訴人らおよび被控訴人に対する請求原因およびこれに対する控訴人らおよび被控訴人の答弁は原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴人ら、被控訴人および当事者参加人らの証拠の提出、援用および書証の認否は、いずれも原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

当裁判所の判断によるも、当事者参加人らの控訴人らおよび被控訴人に対する請求は理由がなく失当として棄却すべきものと考える。その理由は、原判決の説示するとおりであるから、この部分に関する原判決理由記載を引用する。

そこで、被控訴人の控訴人らに対する請求の当否について考える。

本件土地および建物が被控訴人名義に登記せられていること、および被控訴人主張の控訴人らとの身分関係については当事者間に争がない。

よつて、果して被控訴人が真実本件土地および建物について所有権を取得しているものかどうかの点について判断する。

成立に争のない甲第一号証、第二号証、第三号証を、同じく第四号証の記載内容、原審における証人中山健の証言並びに被控訴人本人尋問の結果(第一、二回)並びに控訴人中山錦二本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)、および本件弁論の全趣旨並びにこれにより真正に成立したものと認められる丙第二号証、成立に争のない丙第三号証、第四号証に照らして考えると、

(1)  本件土地は、昭和二二年二月二〇日頃控訴人錦二が被控訴人のため代金を支払つて訴外水野録治郎から買い与えたもので、被控訴人は、その後昭和二五年三月二七日に至り、その所有権移転登記を受けたものであること

(2)  また本件建物は、控訴人錦二が被控訴人のため資金を支出してやり、被控訴人がこれにより昭和二二年九月一六日建築を完成し、昭和二五年二月二日に至つてその保存登記を経由したものであること

が判り、本件土地および建物はともに被控訴人の所有に属するものであると認められ、右認定に反する原審における証人中山勇、伊藤仁郎、馬場氏二の各証言、控訴人中山錦二、同中山徳、当事者参加人中山律子の各本人尋問の結果は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

もつとも控訴人らは、控訴人錦二は被控訴人と別居するに際し、昭和二四年一一月三〇日金一〇万円を手切金として交付し、被控訴人と一切の関係を絶つたから、その後二五年に至つて、同控訴人が被控訴人に対して本件土地および建物を贈与する道理がない旨を主張し、成立に争のない乙第一号証によれば、右日時被控訴人が控訴人錦二から金一〇万円の交付を受け、同日以後同控訴人に対して何等の請求をもしない旨を誓約したことが認められないではないけれども、被控訴人が本件土地および建物の所有権を取得したのは、すでに認定したとおり、昭和二二年中のことである。したがつて、右乙第一号証の存在は前記認定の妨げとならず、控訴人らの右主張は理由がない。

一方、原審における検証の結果によると、本件土地上には、左記のとおり被控訴人の所有と認められる本件建物の外に、原判決添付目録附属図面記載の(イ)、(ロ)の各建物と植樹、板塀等が存在すること(この(イ)、(ロ)の各建物と植樹、板塀等の所有関係は詳でないが、右各建物は控訴人錦二の所有と推定するを相当とすること原判決の説示するとおりであるから、右部分に関する原判決の理由記載を引用する)植樹、板塀等は右(イ)、(ロ)の各建物の附近に存し、そのうち右(ロ)の建物には控訴人徳が居住しているから、右物件は控訴人錦二と同徳の共有と推定する外ないこと、本件建物は控訴人すうがこれを使用占有し、右(ロ)の建物は控訴人徳がこれを使用占有していることが判る。

ところで、控訴人らの叙上の各占有については、控訴人らは被控訴人に対抗し得る権限については何等の主張も立証もしていないから、成立に争のない甲第八号証により認められる、おそくとも被控訴人と控訴人錦二との離婚判決が確定した日の翌日である昭和三六年一月一二日以降は、被控訴人に対抗し得る何等の権限もなく、それぞれ前記のとおり本件土地、建物が不法に占有されているものと判断せざるを得ない。

それ故に、被控訴人に対し、控訴人錦二は前記(イ)、(ロ)の各建物を収去し、控訴人すうは本件建物から、控訴人徳は前記(ロ)の建物から各退去し、控訴人錦二、同徳は本件土地上に存する植樹等一切の物件を撤去して、いずれも本件土地を明渡すべき義務を有するものといわなければならない。

進んで控訴人らの権利濫用の主張について考えるに、

(1)  控訴人らは被控訴人と前記のような身分関係を有したため、被控訴人所有の本件土地を前記認定の如くそれぞれ使用占有していたもので、その使用関係の根拠は、被控訴人から本件土地を賃借したものでもなく、使用貸借上の権利に基づくものでもなく、専ら被控訴人との前記身分関係に基づく被控訴人の暗黙の承諾によるものと認められるから右の暗黙の承諾は、被控訴人の控訴人錦二に対する前記離婚請求の勝訴判決の確定後においてはもはやこれを認めるに躊躇せざるを得ないこと、

(2)  しかも被控訴人はその家出に当り、控訴人錦二との間に出生した二女律子(昭和九年六月二〇日生)、三女芳子(昭和二〇年五月一四日生)を残し、三男健(昭和一一年一月一三日生)、四男要(昭和一三年五月一六日生)、五男勇(昭和一五年三月二七日生)、七男勝二(昭和一八年九月一〇日生)、四女美恵子(昭和二二年五月一四日生)の五人の子供を連れて控訴人錦二と別居するに至つたのであつて、その後の生活には一方ならぬ苦労を重ねていたことが成立に争のない甲第八号証から明らかであること、

(3)  控訴人すうは被控訴人の養母でありながら、被控訴人が前記別居以降生活に苦労していた際は勿論、現在においても控訴人錦二の側に立つて、被控訴人の苦境を助けようともしなかつたことが、前記甲第八号証から推認せられ、現在も控訴人錦二の側に立つて、本件土地、建物の所有権を争つていることが本件弁論の全趣旨から明らかであること、

(4)  控訴人錦二は、すでに認定したとおり妻であつた被控訴人を虐待し、多数の子女を連れて家出することを余儀なくせしめ、かつ、被控訴人の家出後は、手切金として金一〇万円を交付し、昭和三〇年八月頃から一時月々金六、〇〇〇円の生活費を仕送つたことがあるだけで、昭和三二年頃からはその仕送りもしていないことが前記甲第八号証によつて明らかである上に、前記のとおり、被控訴人の所有に属する本件土地、建物についてさえ、いまなおその所有権を争い、被控訴人に対して精神的苦痛を与えているものなること、

(5)  控訴人徳は、控訴人錦二と先妻伊藤かぎ間に出生した長男であることが前記甲第八号証により明らかであるが、その父錦二の妻が本件土地の所有者であつたという関係のみから前記(ロ)の建物に入居して本件土地を占有しているに過ぎないものと推認せられること。

以上認定の各事実を綜合して考えると、被控訴人の控訴人らに対する本件土地、建物の明渡請求が権利の濫用に当るものとは認め難い。

そこで被控訴人の賃料相当の損害金の請求の当否について考える。

成立に争のない甲第六号証、第七号証に基づいて本件土地の適正賃料を計算すると、昭和三三年一月一日以降は一ケ月金三、八五四円であることが判る。したがつて、被控訴人は控訴人らの本件土地の不法占有により前記離婚判決の確定した日の翌日である昭和三六年一月一二日以降同額の損害を蒙つているものと考えられるが、一方、前記控訴人らの身分関係、原審における検証の結果により認められる各控訴人の本件土地の使用状況から考えて、控訴人らは共同して本件土地を占有しているものと認めるのを相当とするから、控訴人らは連帯して被控訴人に対し、昭和三六年一月一二日から本件土地の明渡済に至るまで一ケ月金三、八五四円の割合による損害金を支払うべき義務を有するものといわなければならない。

以上の次第であるから、被控訴人の請求は以上認定の限度において正当として認容すべきであつて、その余は失当として棄却は免れない。

よつて、右と結論を異にした原判決主文第二、三項を右認定のとおり変更し、当事者参加人らの控訴を棄却することとし、民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条、第一九六条を各適用し主文のとおり判決する。(なお明渡請求については仮執行の宣言を付することは妥当でないと考えられるから仮執行の宣言をしない)

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